「第一篇
スワン家の方へ T」
『失われた時を求めて 1』
著=マルセル・プルースト
訳=鈴木道彦
集英社、1996年9月発行
29冊目 |
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「それというのも、コンプレーのまわりには散歩のための二つの『方』があって、それがまったく正反対のなので、実際どちらの方へ行こうとしても、他の方へ行くのと同じ門から家を出ることはなかったからである。その一つはメゼグリーズ=ラ=ヴィヌーズの方で、そちらへ行くにはスワン氏の所有地の前を通るので、これはスワン家の方とも呼ばれていた。」(239頁)。
世界屈指の大長編小説『失われた時を求めて』の第1巻目です。先行する訳本としてちくま文庫から井上究一郎訳が刊行されていますが、あえてハードカバーの新訳の方で挑戦することにしました。第1巻目は、主人公の私がベッドに入って寝入るまでの間に、コンプレーで暮らした記憶を思い起こして回想するところから始まり、その回想が終わるまでを収めます。寝床に入って回想するだけで本1冊分の量なのです。物語に動きはなくただそれだけの話なのですが、本題はその回想にあります。まず少年時代を送ったコンプレーの生活を細かに振り返り、ママンのおやすみのキスとか、スワン氏の素性とか、周囲の人間の描写やその土地の風土、植物を観察する様子などを書き連ねていきます。秩序はあまり感じられません。どきどきプルーストが影響を受けた文学作品や作家の詩集などの引用があります。「私」が目にしたサディズム体験がプルーストの実像を反映するものだそうですが、分かったような分からないような印象しか私は持ちませんでした。まあしかし歯車は動き出したので邦訳全13巻の読破を目指して頑張ります。 |
「太平記
1」
『新編 日本古典文学全集 54』
校注・訳=長谷川端
小学館、1994年10月発行
28冊目 |
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| 鎌倉幕府の滅亡前夜から室町幕府の成立、そして南北朝の動乱を描いた軍記物語「太平記」です。この文学全集は天正本を底本にしています。太平記は平家物語よりも後年の作で、太平記読みによって読み聞かされた作品です。平家物語は琵琶法師によって語られました。太平記の主人公は、いちおう後醍醐天皇です。それに仕えるのは新田義貞や楠木正成らです。しかし、ご存知の方もいるでしょうが、これらの人物を描く太平記はあまり評判がよくありません。天皇への忠誠や奉公などが大戦時の臣民の理想像として援用されたからです。実際、太平記の1巻目を読むと、将軍の死を悼んで、その後を追うようにして腹を切るものが後を絶たないからです。とくに北条氏一族の滅びるくだりや名のある人物が殺害された場面など、切腹する家臣らによってあたり一面埋め尽くされます。この1巻目の後半には、自害した者870余人とか400余人とか記録され、累々たる死体の山です。血生臭い腐臭の根源です。しかも、その忠義に感動して涙を流さないものはいなかったと付記してその忠心を称えるのです。山本常朝『葉隠』の「武士道といふは死ぬ事と見付けたり」と同様の思想が鼻につきます。NHK大河ドラマでは、一度だけ太平記をドラマ化しました。忠義を全うするための切腹をどのように扱って実写にしたのか、一度観覧してみたいとは思います。 |
『三国志演義
3』
訳=井波律子
ちくま文庫、2002年12月発行
27冊目 |
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| 『三国志演義』邦訳の全7巻の3巻目です。前巻でも予告のあった諸葛亮(孔明)のご登場です。俊英のスターということもあり、玄徳たちと対面するまではじれったいやらもどかしいやらです。玄徳たちは何度も無駄足を踏み、時間を浪費しました。手間を惜しまなかったのでその努力が報われた思いで感無量です。孔明の軍師としての才覚は他の追随を許さないほど卓抜しています。当初、玄徳が孔明をあまりに優待するので、関羽と張飛は不満でくすぶっていましたが、孔明の真価を見極めるや否や、その評価の眼差しは180度反転したほどです。この巻では曹操が辛酸をなめます。前巻で玄徳が同様の苦境に陥ったのを髣髴させます。しかし、曹操軍を全滅あと一歩のところまで追いやるのですが、曹操に恩のある関羽がこれを逃がしてしまう。曹操軍討伐の指揮と作戦を一任された孔明との誓いも反故にします。本来なら噴飯物ですが仁義に厚い関羽のことなので大目に見てやりましょう。それはそうと、孔明先生は頭脳の切れ、論議の進め方、戦術の周到さ、臨機応変に応対する柔軟性などすべて冴えています。向かうところ敵なしです。きっと作者のお気に入りの人物は孔明に違いありません。孔明の失点になるような叙述や描写にはほとんど気付きませんでした。 |