小説感想 2005年3月


05.03.?
『口語訳古事記』
 訳:三浦佑之
 原著:712年
 文芸春秋、2002年6月発行
 11冊目
口語訳古事記 完全版
 数多ある古事記の完全口語訳です。語り部を導入しており、これが本書の独自色です。古事記は日本神話の源泉にもなっているので後学のため読んだのですが、片仮名表記の多用に面くらいました。スーパー歌舞伎の「ヤマトタケル」ならともかく、その他の名もすべて片仮名です。これは漢字表記からの先入観を排するという訳者の試みなのですが日本神話に不案内な者が最初に手にする古事記本としては、取っ付き難さも否定できません。むしろ既存の古事記に新風を吹き込む斬新さが窺えます。また、注釈も非常に詳細で図表の挿入などの工夫も施され至れり尽せりの画期的労作です。耳学問の知識を確たるものにするには、やはり原著を読むのが正道です。イザナキ・イザナミやサホビコ・サホビメらの兄妹の悲恋物語は精読に努めました。一応私も「妹持ちのおにいちゃん」なのです(ただしうちの妹は萌えない。)。契りを結ぶタブーや人を殺める殺風景な語りにも着目したいのですが、神や人名の平板な列挙にはうんざりもしました。でも理解不能だからこそ研究心を滾らせて開拓する野心も漲るので、いろいろ勉強になりました。訳者も日本神話や古事記の解説書などを著しているのでそれらを咀嚼してから、もう一度読み返そうと思います。
05.03.22
『紅楼夢 9』
 補作:高蘭墅
 訳:伊藤漱平
 原著:1791年
 平凡社ライブラリー、1997年4月発行
 10冊目
紅楼夢〈9〉
 宝玉は大観園で才女とおしゃべりして過ごす日々を送る。後室に見守られ安穏の生活である。こんなぬるま湯気分の宝玉を見るにつけ、父親の賈政は宝玉の将来を案じて家塾に通うよう義務づける。宝玉は科挙に向けて四書を学ぶことになり、家塾で先生の指導を仰ぐ羽目になる。毎日が規則正しいタイトなスケジュールに一変する。その合間を縫って宝玉は黛玉の部屋に足を運ぶ。そんなある日、黛玉は宝玉の結婚話を偶然耳にしてしまう。
 「紅楼夢」全120回のうち、第8巻までの全80回の著作者は曹雪芹です。しかし雪芹は志半ばで逝去してしまい、第81回以降は別の人間が創作した続編になっています。一応、雪芹著の全80回分と整合も計られていると思いきや、そうでもありません。
 例えば宝玉と黛玉の年齢差が1歳違いだったのが、第90回では2歳違いという間違いをやってます。内容面において、全80回分との不釣合いが目立つことはありませんでした。宝玉は父親の命じるまま家塾に通い詰めるストイックな生活を強いられます。その合間を縫って黛玉のご機嫌を伺いに参ります。侍女たちの内緒話を黛玉がたまたま盗み聞きしたばかりに二人の関係に亀裂が入りそうになるのはひやひやものでした。黛玉の悲壮感も露骨で、その心情に鈍感な宝玉の不手際も気になります。
 でも、婚姻騒動のおかげで宝玉の真意を聞けたから黛玉との間に波風はすぐに収まりました。しかしその渦中の黛玉は食欲不振や体調不良に陥り、その加減の悪さがとみに強調されている印象があります。
 解説には、悲劇に終わった『紅楼夢』の結末に異を唱える『続紅楼夢』『紅楼夢補』類の多さが指摘されています。『中国近世小説への招待――才子と佳人と豪傑と』でも、紅楼夢を論じた章で同様のことが書かれていました。以前、書虫さんのデータベースで「紅楼夢」と入力して検索したら膨大な量のヒットがあり、たまげたことがあります。その膨大な続編が産出される理由はここにあるのですね。
05.03.01
「うつほ物語 3」
 『新編 日本古典文学全集 16』所収
 校注・訳:中野幸一
 原著:10世紀後半頃
 小学館、2002年8月発行
 9冊目
新編日本古典文学全集 (16) うつほ物語〈3〉
 立坊をめぐる政治抗争が活発になり宮廷内はかまびすしくなる。忠仲と女一の宮の間に第二子が誕生する。俊蔭-俊蔭の娘-忠仲-いぬ宮へと秘琴の奏術が受け継がれる。
 読み繋いできた「うつほ物語」もついに最終巻。いぬ宮誕生のときは産養が行なわれたのに、第二子・宮の君誕生のときは祝賀行事が催されることはなく肩の力が抜けました。各方面から贈り物を賜り、知人らが挨拶い訪れたのとは好対照です。女房も「いぬ宮のときと比べて今回はつまんない」と嘆くほどでした。
 東宮に嫁いだあて宮が女一の宮を妬む気持ちも分からないでもないです。かつての求婚者のひとりだった忠仲が女一の宮と仲睦まじく幸福を築く有り様を横目で眺める歯がゆさ。他人事ではないように思います。全3巻を通読しての印象を一言で言えば「かなり退屈な読み物だ」ということです。祝事の状況説明や人物の会話など無味乾燥、まさに砂を噛んでいるようでした。でも最終巻「楼の上」で琴を掻き鳴らすと空模様が一変して大地を揺るがし、この光景は一貫していました。
 齢6歳のいぬ宮に秘琴を伝授する慣わしは、例えば能楽や歌舞伎などの古典芸能の世界で家芸を継がせる伝統を感じさせます。とみに最近、私は能楽や歌舞伎に興味を持つようになったので、そんな事情を連想しました。古典芸能でいう「初舞台」のことです。
 日本最古の長編物語という宣伝文句に踊らされて「うつほ物語」を手にとった訳でしたが、宮の君が誕生した時の女房の口を借用すれば「かなり退屈な本」でした。まあ、こういう経験も読書家にとっては不可避だし不可欠だからいいのですけど。次は『落窪物語』を予定していますが、当面は残りの『紅楼夢』読破に傾注することにします。

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