小説感想 2004年12月
| 04.12.30 「従妹ベット――好色一代記 (上)」 『バルザック「人間喜劇」セレクション 第11巻』所収 オノレ・ド・バルザック=著、山田登世子=訳 藤原書店、2001年7月発行 通算:44冊 [amazon] |
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| ユロ男爵を夫に持つ貞淑の妻・アドリーヌ。その娘・オルタンス。アドリーヌの従妹ベット。ユロが留守をしているところに、ユロの宿敵・クルヴェル男爵がアドリーヌに会いに来る。ユロの浮気癖を吹き込むためだったのだが、アドリーヌはそんなことすでに承知済みであった。アドリーヌがクルヴェルの相手をしている間、ベットはオルタンスの話し相手になる。ベットはオールドミスの独身で、なぜお見合いを断り続けているのかと詰問され、恋人同然の年下の男がいることを告白してしまう。オルタンスがそれを逃がすわけもなく、この男をベットから奪おうと企むのだが、当のベットがそんなことを気に留めるわけもない。これ以後、女優に熱中するユロ、ベットを妬むオルタンス、ユロをライバル視するクルヴェルらを中心にして、複雑な利害と感情が飛び交うことになる。 副題に「好色一代記」とあるのでユロ男爵を軸にする異性関係が中心と思いきや、職業も性格も異なる十人十色の人間が個々人の感情や利欲を抱える複雑な物語です。理屈よりも感情で行動するが、時には理性に機転をきかせて俊敏な行動力を発揮します。最初は平凡な一婦人だったマルネフ夫人がいつしかユロ男爵からしこたま金を巻き上げる悪女な性格を顕わにしたり、親密な愛人関係を築いていたベットとヴェンセスラスだったのに、オルタンスの計略で破綻に瀕したりする悲劇は、バルザックの筆力が頭角をあらわしていました。オルタンスにヴェンセスラスを奪われたベットの落胆と失望の大きさは計り知れません。その憎しみを滾らせた復讐の根は深く、恐怖を感じます。それにしても、これだけの人間関係の入り組んだ利害の対立を破綻することなく圧縮していて、その筆致は堅実です。慎重に読み込まないと本当の味が分かりません。バルザックはやはりすごいと思いました。 |
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| 2004.12.22 『紅楼夢 7』 曹雪芹=著、伊藤漱平=訳 平凡社ライブラリー、1997年発行 通算:43冊目 [amazon] |
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| カバーの表紙に記載された紹介文に「殺害を謀る者、自害を図る者」とあります。前者は張華への殺意や秋桐への憎悪を仄めかすく王熙鳳を指し、後者は鴛鴦剣で自刃した尤三姐と地金を飲んで死んだ尤二姐だと思われます。表紙の解説文だけからおよその内容を推測すると、不穏な影がよぎるのですが、案外そうでもなかったりします。事実上の活動を停止していた詩社が復活したり(名称も「海棠社」から「桃花社」に改名)、酒を囲ってやんやの喝采であおる宴会もあります。宝玉の誕生日のお祝いもある反面、流産事件や賈敬の葬儀が影を落します。事件として特記しておきたいのは、縁結びの騒動でしょう。柳湘蓮が家宝の鴛鴦剣を差し出して縁談の担保として尤三姐に授けるが、これを一方的に破棄されて尤三姐が自害する話です。もともと尤の姉妹は美貌を備えた女性だそうで、まさに佳人薄命とはこのことです。尤二姐は霧のように消え去る死に様で、文字通り煙に巻くものでした。「佳境」というキャッチフレーズから想像するような極まった状況にはなく、華やぎと弔いのコントラストが謳い文句に相応しいと思いました。 | |
| 2004.12.11 『アフターダーク』 村上春樹=著 講談社、2004年発行 通算:42冊 [amazon] |
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| まず最初に断っておきたいのは、私は『風の歌を聴け』から『海辺のカフカ』に至るまでの村上春樹の長編小説をすべて読んでいるその筋の玄人だということ。そして、村上作品のひとつの到達点は『ねじまき鳥クロニクル』であること。でも、『ねじまき鳥』の第3部では物語の枠組みがほつれてしまい、一部で破綻していると思っていること。他方で『アンダーグラウンド』や『約束された場所で』のノンフィクションは読んでいないということ。そして、村上春樹が小説の新地平を開拓するには『ねじまき鳥』を超える大長編小説を書くべきだということです。 以上の事情に照らすと、『アフターダーク』は小説としては不完全で小説として満足できるものではありませんでした。深夜の暗闇に包まれ、同時間帯に点在する人々のエピソードがやがて1ヶ所に収束する有り様は、共通項を持つ連作小説『神の子どもたちはみな踊る』の同工異曲でしかありません。村上流の物語性も欠乏していて食い足りません。何かが起こる一歩手前で筆を止めていて中途半端な作でした。 小説の中身に関していえば、浅井マリや高橋らの人物造形にしても、過去の村上作品でみた人物像を重なる部分があり、新規に追加するようなエキセントリックな人達ではありませんでした。「私たち」という語り部の視点の導入が目新しさを感じさせますが特筆する事項でもありません。やはり村上春樹は新しい小説世界を開くのではなく、物語としての小説世界を深めるべきだとの思いをますます強くしました。 |
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| 2004.12.11 『クラカチット』 カレル・チャペック=著、田才益夫=訳、1924年作 楡出版、1992年発行 通算:41冊 [amazon] |
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| 偶然のきっかけでプロコプは旧友トメシュとすれ違う。プロコプは憔悴しきっており、トメシュの家へと案内されるが倒れてしまう。プロコプは物質を構成する最小単位の原子をも破壊する「クラカチット」という爆薬を開発したばかりだった。夢うつつの中、彼は化学式をつぶやき、それを友人のトメシュに盗み聞きされてしまう。その直後、トメシュの行方をくらましてしまう。プロコプはトメシュの捜索に乗り出す。 序盤のストーリーテリングは抜群でした。「旧来の友人と出会う」という手法はすでに『絶対子工場』でも使用されていたので新味はなかったのですが、トメシュの失踪とクラカチット起爆の秘密、そしてカーソン氏の到来などは、動いてはいけない歯車が動き出し胸が沸き立ちました。それだけに中盤での王女とのラブロマンスは精彩を欠いていて散漫でした。トメシュの妹アンチとのプラトニックな関係は二人の年齢差もあってか純粋だった反面、王女との関係はひどく陳腐でした。また、事実上軟禁された研究所からの脱走劇も散漫で繰り返しが目立ちました。せっかく序盤で引き立てたカーソン氏のトリッキーな口調もなく空振りでした。クラカチットを巡る戦略的な駆け引きやプロコプの過剰な妄想、周囲の警護と監視などの記述はまだるっこく思います。したがって、この中盤は洗練する必要があります。でも、中盤を除く序盤と終盤は、短いながらも文学作品の純度は高かったです。クラカチット開発者の苦悩もしっかり描かれ、同様のテーマを扱った『絶対子工場』よりも物語性は上回っています。 |
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| 2004.12.10 『カンディード』 ヴォルテール=著、吉村正一郎=訳、1759年作 岩波文庫、1956年発行 通算:40冊 [amazon] |
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| カンディードは生まれ育った城を追われ、生涯の約束を交わしたキュネゴンド姫とは引き裂かれて、世界各国を遍歴して人間の愚行を目撃したり、各所で災難と危難に襲われる。恩師のパングロスは公開処刑にされたりと不幸が極まる。カンディードの逃亡生活に休みはなく、次々と事件が振りかかってくる。 ドタバタ喜劇の赴きがあります。とはいえ、カンディードは己の宿命を恨むことはなく、真っ直ぐな人間像でした。途中、仲間にするマルチンの毒舌批評が人間風刺として冴えていました。マルチンの発言にこんなのがあります。「わたしは方々の国をまわりました。住民が半数きちがいの国もあれば、狡猾すぎる国もあり、一般に相当やさしくはあるが馬鹿な国もあるかと思えば、賢こぶった国もあります。そして、どこの国へ行っても、主な仕事はといえば色恋で、第二は悪口、第三は馬鹿なおしゃべりです。」と。人間性善説のパングロスと性悪説のマルチンの対比、その中立にいるカンディードという三人トリオが政治や社会風刺を沸き立たせてくれます。薄い本のわりにはストーリーの展開するテンポが早く、一行一行をおろそかにすると肝心な部分を見落とす恐れがあります。なお、『カンディード』は18世紀フランスの政治・社会を風刺した作品ですが、残念なことに私には史実と照らし合わせるべき知識を備えていないので風刺の本意を汲み取ることはできませんでした。 |
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| 2004.12.04 「セヴァランブ物語」 『ユートピア旅行記叢書 第3巻 ヨーロッパ精神の危機の時代 1』所収 ドニ・ヴェラス=著、鈴木康司=訳 岩波書店、1997年発行 通算:39冊 [amazon] |
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| 主人公のシダン隊長はインドを目指して船旅に出るが遭難してしまい、見知らぬ大陸に漂着する。その地で自活するため複数の調査隊を組織してこの大陸の調査に乗り出すことにする。そしてその中の調査隊のひとつがセヴァランブ人に救助されてセヴァランブ国への案内を受けることになる。彼らはセヴァランブ国で厚遇を賜り、残りの調査隊員らにも知らせてこのセヴァランブ国に呼び寄せ、この国にまつわる歴史や風習や法律などを詳細に学ぶことになる。 シダンが記した日記を医師が編纂して書籍にまとめたという構成を採っています。セヴァランブ国がユートピアとして詳しく記述されています。例えば、一夫多妻制の採用、私有財産制を認めず国有制を徹底する、結婚は国民の義務であり、政治体制は事実上の君主制、義務教育は7歳から施すなどです。第2巻では初代立国者の生い立ちから始まるセヴァランブ国の歴史的沿革を説明します。野蛮人に軍事兵器の扱い方を教示したり兵法を説くあたりの記述は、正直面白くありません。宗教については太陽神を崇拝しています。異端派のぺてん師を撲滅するくだりは特異だっていて目をひきますがこの一連の事件も面白いとは言えませんでした。本文は原書の抄訳であり、3分の2の分量に相当します。岩波書店は自社で文庫を出しているので、おそらく完全版は文庫の形で普及するのだろうと思います。次に読む機会があれば、ユートピア旅行記の先行業績であるプラトン『国家』、モア『ユートピア』、カンパネッラ『太陽の都』、ベーコン『ニュー・アトランティス』などに目を通しておきたいと思います。 |
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| 2004.12.03 『新版 竹取物語 現代語訳付き』 室伏信助=訳注 角川ソフィア文庫、2001年発行 通算:38冊目 [amazon] |
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| 竹取の翁が光る竹筒を見つけて切り取ると人が入っていた。竹を取る生活を続けるうちに裕福になる。そこでこの子に「なよ竹のかぐや姫」と名づけることにする。かぐや姫の噂を耳にした男たちが翁の家に群がってくる。かぐや姫は「愛情がまさっているなら私の見たいものをみせて欲しい」といって、5人の男が姫の要求するものを各々持参して馳せ参じるのだが…。 いわゆる「求婚譚」と呼ばれる竹取物語です。数日前から深夜の月光が明るく部屋に差し込むので竹取物語を読むことにしました。話の筋はいたって明瞭で、花婿候補の魂胆はことごとく失敗に終わります。その際の締めが面白いです。「鉢を捨て」の返歌が「恥を捨て」に、「阿部」の大臣が望み叶わず「あへなし」、「貝はなし」で苦労がした「甲斐なし」にと、韻を踏む機微がインテリ風でした。最後に帝が登場して月に帰らせないよう人海戦術に打って出るも月の民を前にすれば無力。かぐや姫が残した「不死」の薬を月に最も近い山で焼却し、その山を「富士」の山と呼ぶになったとか。すっかり忘れていたことを発見したので、読んだ「甲斐あり」でした。 |
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| 2004.12.01 『紅楼夢 6』 曹雪芹=著、伊藤漱平=訳 平凡社ライブラリー、1997年発行 通算:37冊目 [amazon] |
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| 物語の時期は年末から正月過ぎまでを描いています。季節は冬で風邪をひく人も多いようで、やや気になるのが黛玉の体調です。前の巻からも度々体調を崩しては体を労わっていたので、今回も風邪をめして病床に伏せているのが心配です。持病の咳きと流行り病が重なった不時もありました。 宝玉たちが芝居に興じたのち、行き先を失った芝居一座の少女役者たちを引き取ることになります。この役者たちは気位が高いくせに雑事には使えない。宝玉のお目にかかって紙幣を焼却している難をあやうく逃れたり、襲人の母親が病気にかかり、それを見舞うため宝玉のいる大観園を離れたりします。 この母親は結局帰らぬ人となるのですが、葬儀といえば香典。香典すなわちお金。贅沢を尽す大観園は、財政を切り盛りするのが大変のようで、年貢云々と悪巧みをし、ピンはねをして懐を肥やそうと企む輩まで現れます。 一番の注目所は、宝玉の瓜二つの甄宝玉の噂話を後室から訊かされる場面です。甄家から四人の婦人が訪れ、聞けば宝玉と姿や顔が全く同じらしい。来賓の前では礼節をわきまえるが、それ以外ではわがままのし放題で躾に困り果てるとこまでそっくり。これを耳にした宝玉は夢でこの甄宝玉と対面します。 それと、抱腹絶倒だったのは、宝玉が大ショックを受けてお馬鹿になってしまう珍事でした。紫鵑が出し抜けに、「黛玉が荷物をまとめて蘇州に帰るそうで」などと冗談口を言ったばかりに宝玉をこれを真に受けてしまう。そして侍女たちは宝玉を「お馬鹿さん」呼ばわりまでする。茫然自失の宝玉の阿呆面が目に浮かびます。これをなだめすかすのに周囲は手を焼き苦労します。しかし、腐っても宝玉は若様なので、このお馬鹿事件以外ではその御威光はキラリと光らせるので、そう捨てたものではありません。 それにしても宝玉を囲う才女たちはますます容姿端麗、才色兼備の誉れが高く映ります。大観園、才女栄えて宝玉ありかな。 |
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