「未来少年コナン
1」
原作:アレグザンダー・ケイ
監督:宮崎駿・高畑勲
製作:1978年、日本 |
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| NHKでテレビ放送された人気アニメです。スタジオジブリのスタッフの面々が製作者として名を連ねており、いまとなっては豪華なメンバーだったりします。テレビで再放送されたのを見逃してしまったので借りてきました。1巻は2話収録で、ラナがコナンたちの住む島に流れ着いて介抱されるが追手によって連れ去られてしまい、おじいの死を節目にして島から旅立つまでを収めます。製作時期が四半世紀も昔なので作画の粗っぽさとか音楽の単調さなど一昔のアニメらしさを感じます。この作品の舞台は2008年でいまから3年後という設定なので、未来の世界という距離感を実感できませんが、空想物語らしい発想に懐古趣味的な抒情を覚えます。おじいが死に、その悲しみを体で表現するのはコナンらしかったです。後年の宮崎アニメの萌芽を感じ取る情景もあります。 |
「ニュー・シネマ・パラダイス」
監督:ジュゼッペ・トルナトーレ
製作:1989年、イタリア・フランス |
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映画監督の母親がローマに住む息子の自宅に電話をかける。息子は多忙な生活を送っており留守であった。母親のいる実家を離れて以来30年も経つが一度も帰っていない。母親は電話口で応対くれた女性に息子宛の言付をお願いする。その内容は「アルフレードが死んだので葬式を行なう」というものだった。夜遅く帰宅した息子はこの伝言を聞く。そしてベッドに横たわって少年時代の思い出を彼を回想する。映画と観て育ち、映写技師のアルフレードとの交流の日々、一目惚れした女性の記憶、パラダイス座で映画を観ていた頃の懐かしい毎日を…。
劇場版と完全版とでは評価に落差のある映画です。私が観たのは世評の高い劇場版(124分)です。少年トトと、父親のように親身に接するアルフレードとの会話がなにより美しく、観る人の心を揺さぶります。教会に入って観覧することができなかった客に向けて屋外上映のサービスを施す親切が涙を誘うのですが、その直後に生じた出火に危機感を煽られ、その落差の不幸がかなり極まっています。トトの救出も遅れてしまい、アルフレードは命を落したとばかり思い込んでしまったほどです。トトが異性に対する恋の芽生えたときにも、アルフレードが人生の先輩として助言をする場面では変な先輩風を振りかざすことなく一対一で向き合い、人間味のある人物として描かれます。試練に立ち向かうときは寄り添い、ときには厳しく突き放す厳正な性格も、親心を意識した応接の仕方だと感じ入りました。年の離れた者同士の友情の有り様もこの映画は教えてくれます。 |
「西部戦線異状なし」
原作:エリッヒ・マリア・レマルク
監督:ルイス・マイルストーン
製作:1930年、アメリカ |
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第一次世界大戦時におけるドイツのある教室で高齢の教師が学生を相手に愛国心を説き、志願兵として国民の使命を果たすべきだと熱弁を振っている。その説法に動かされて、その一室に会した学生たちは一丸となって名乗りを挙げる。軍隊では厳しい軍律を叩きこまれ、戦線で活動するためいよいよ任務に赴く。最初の任務地で砲撃や着弾の音などを毎晩聞き、戦争の現実を目の当たりにする。その第一戦の現場は、教師が教えとく熱弁などとは無縁な世界であった。そこには生と死しかない過酷な場所である。ヒステリーを起こしパニック状態になる者、怪我のため足を切断される者、麻酔も食料も不足して救急所は凄惨な光景である。一時休暇をもたって故郷に戻ると、教師は相変わらずの英雄主義と愛国心を称えるばかりであった。
反戦映画のジャンルに入る区分される映画です。いまの日本では戦争が起きる気配はないですけど、自衛隊の派遣に絡んでのイラクでの惨状や日本国憲法9条をめぐる改憲論議を知る限りでは、この映画が訴えようとするメッセージがいかなるものなのか窺い知ることができます。国のための戦争で命を落とす事がどういうことなのか。実際に現場の空気を味わった者の体験として語りかけいて、現実と観念の違いをまざまざと見せつけられて考えさせる内容です。机上の上で戦争を語る空虚さと無理解ぶりは、現場を体験した者だけに分かることなのでしょう。現代では、戦争を商売の種にするというビジネスの側面もあります。この映画ではそのあたりの遅れを感じますが75年前の映画ですから致し方ありません。他にも退役軍人の精神のケアなど扱うべき戦争映画の論点は尽きません。 |
「風と共に去りぬ」
原作:マーガレット・ミッチェル
監督:ヴィクター・フレミング
製作:1939年、アメリカ |
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ジョージア州タラに居を構える大地主の娘スカーレットは、美貌を持つが感情に流される行動的な性格である。一方的に好意を抱いていたアシュリーが婚約発表をするとの噂を訊き、心は落ち着かない。招待された野外宴会の場でアシュリーに思いの丈を告白するが受け入れられなかった。感情を爆発させたその修羅場には、バトラーという男がいて一部始終を盗み聞きされてしまった。バトラーはスカーレットと似た性格の持ち主で、言葉には出さないがお互いに惹かれ逢う。だが時代は1860年代。南北戦争が開始する前夜であった。南部の人間は奴隷制度の存廃をめぐり北部と対立していた。南部に住む男は意気軒昂になって北部に戦いを挑む。当初の戦況は優勢だったが戦争が長引くに従い北部に押されてしまい劣勢になる。戦争によって生活を踏み躙られ、故郷は荒廃し、大切な人たちは命を落としてゆく。
全編合わせると4時間近い大作。その知名度の大きさは言うに及びません。この映画を観れば、時代背景になっている南北戦争の歴史を学ぶことができます。リンカーンとか奴隷制度などは誰しも聞いた事があるかと思います。話の中心になるのはスカーレットをめぐる異性関係です。戦争で敗北しても懸命に生きる姿は、低迷するいまの日本でも人生の指針になるかもしれません。出産の助けをしたり故郷のタラに戻って再興のため時間と労力を費やし、他方でバトラーとの喧嘩やアシュリーへの未練、一人娘の事故死など、波乱に満ちた人生の試練を一つ一つ乗り越えて行きます。弱音を吐かず、泣き言を言うのもやめ、故人の遺志を重んじて、ときには大胆かつ快活に行動します。自殺とか鬱とかの病と無縁で、勝気な言動に溢れています。「明日は明日の風が吹く」をモットーに私も明るく前向きに生きようと思います。 |
「知りすぎていた男」
原作:チャールズ・ベネットほか
監督:アルフレッド・ヒッチコック
製作:1956年、アメリカ |
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医師のベン・マッケナ一家は、医学会議に出席するためパリまでやってくる。そのついでに、旅行気分でモロッコまで足を伸ばしてバカンスを楽しむ。その道中のバス車内で、息子のハンクがアラビア人男性の妻のスカーフに手を引っ掛けてしまう。宗教的な慣習や相手の言語などが分からず対応に苦慮したときに、その場に居合わせたルイ・ベルナールに助けられる。目的地まで彼と親しくなったベンたちは滞在先のホテルなどを知らせたり夕食に招待するまでの仲になった。だがこのルイ・ベルナールという男の素性ははっきりしていない。ベンの妻は不信感を拭えないままだったがその予感が的中してしまう。
「ケ・セラ・セラ」の歌で広く知られるヒッチコックの映画です。ルイ・ベルナールという謎の男に接触したばかりに、誘拐事件に遭い、大統領暗殺計画への接触へと発展。犯人の行動予測や探偵活動などの過程は緊張が走ります。ダイイング・メッセージから犯人の所在地を特定するあたりは、探偵そのものです。大使館内での歌唱が息子発見の重要な鍵になり、これは滞在先の宿泊ホテルの部屋でデュエットしていたのが伏線となっています。これは脚本の計算だと簡単に見破る事ができても、親子の対面へと結びつける局面を演出するのですから、計算済みと分かっていてもある種の感動を抱いてしまいます。大統領の暗殺は未遂に終わり、悪役は絶命し、息子も無事に帰宅できるなど、万事がうまく収まりすぎている終わり方だと思います。 |